記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「恋愛至上主義と趣味を捨てるということ」

先日、飲み会の席で先生からこんな質問を受けた。
「ナガイ君はヘビと人間の女の子、どちらかしか選べないとしたら、どっちを選ぶ?」
私は数秒考えて、ヘビだと答えた。
すると先生は言った。
「ナガイ君、それはいけない。ヘビは愛をくれない。ヘビを捨てなければ、恋人はできないよ。」

私は昔から思うのだが、果たして自分を殺して手に入れる値があるのだろうか?恋人と一緒にて楽しいのだろうか?そもそも手に入るのだろうか?

私は趣味というのは、その人の個性、人生の一部ではないかと思っている。人にもよるが、時に趣味は生きがい、職になることもある。好きなことで生きていくである。
少なくとも、誰しもこの道を究めたいとか、このことについては誰にも負けたくないというものがあるのではないだろうか?

思い返せば、私の高校時代、部活動と勉強、通学時間で忙しく、ほぼ学校と家の往復だけの三年間だった。趣味の時間が犠牲になり、私はヘビや怪獣など好きなものから離れていった。
その結果、私の中身はなくなった気がした。もう長い間新しい情報を仕入れておらず、覚えていたこと情熱も薄れ、それはヘビや怪獣が好きという文字の羅列になっていたと思う。

趣味を捨てるというのは、その人の個性を消す、すなわち自分を殺すことになるのではないだろうか?
私は恋愛には趣味を捨てるまでの価値はないと思う。もし仮に趣味を捨て恋人ができたとしても、自分を殺し、偽りの自分を演じて、相手を騙して手に入れたものは案外簡単に壊れてしまうものだと思っている。人間というのは脆くて弱い生き物なのだ。

そもそも、恋愛というのはそんなにもすばらしいものなのだろうか?それは恋愛至上主義社会が生み出した妄想ではないだろうか?恋愛のように他者に依存した幸福よりも、一つの道を究めるなどして自分から幸福を生み出し、それを感じることのできる人生の方がよっぽど価値のあることだと私は思う。
ヘビ好きというのは世間一般から受け入れられにくいことだとは十分承知だ。しかし、好きなことをできない人生を過ごすのは、私はまっぴら御免だ。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。