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「ガメラ対ゴジラ」 -中編-

単体の作品ではガメラはゴジラに圧倒的差で負けてしまった。
けれども、怪獣映画において怪獣単体の作品は少ない。ゴジラは29作品中3作、ガメラにいたっては12作中1作しかない。
圧倒的多数は怪獣同士が戦う、怪獣バトルを主軸にした作品だ。怪獣映画と言えば怪獣バトルのイメージの方が強い人は多いだろう。この1955年の「ゴジラの逆襲」から続くこの流れは実は弱点がある。

前編で私は、怪獣映画とはSFであり、虚構を少なくしなければならないと言った。
怪獣バトルには少なくとも三つの虚構が生まれてしまうのだ。
1つ目は、主役怪獣が出現する虚構。
2つ目は、敵怪獣が出現するという虚構。
そして3つ目が重要で、主役怪獣と敵怪獣が戦うという虚構だ。
この3つの虚構をわずか2時間にもみたない映画で説明するのはいかんせん時間が足りないが、私が考えるにひとつだけこの虚構が綺麗に収まる場合がある。

それは一方の怪獣のカウンターとしてもう片方の怪獣が存在するという場合だ。
この点において、ガメラは非常に有利だ。なぜならガメラは子供好きという設定があったため、人間の味方の怪獣になれた。すなわち人間を守るために敵の怪獣と戦うという構図が描きやすかったのである。
この設定を一番うまく活かせていたのが、「平成ガメラ三部作」であろう。
このときのガメラはギャオスなどの地球の生態系乱れて現れる敵怪獣を倒すために超古代人が造った生体兵器である。しかし、ガメラは怪獣であるため多くの人間からは理解されない……それでも人間を守るため血まみれになりながら必死に戦うガメラの姿はとてもかっこよかった。

対するゴジラはどうだろうか?
ゴジラは水爆によって目覚めたという以外なにもない単なる怪獣だ。そのため、ゴジラと敵怪獣が出現する理由とそれが戦うという理由を書かなければならないし、ゴジラには怪獣王というイメージがあるため、ゴジラに挑む敵怪獣はゴジラよりも強そうでなければならなかった。なぜなら戦いとはどちらもベストを尽くす死闘ではないと物語として面白くないからだ。
その結果ゴジラは回を重ねるごとに水爆大怪獣としてのイメージがなくなっていった。
そして、平成ガメラ以降に作られたミレニアムシリーズでは、ガメラの重厚なSFドラマに加え、ハリウッドのトライスター版「GODZILLA」の失敗による、ゴジラとはこうでなければならないというイメージにとらわれ、迷走していくのだ。

ガメラがゴジラに勝ったのだ。

私は「平成ガメラ三部作」は怪獣対決モノとしてはゴジラシリーズを超える作品ではあると思う。初代「ゴジラ」と加えて是非、見てもらいたい作品である。

後編に続く

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